
米国イラン緊張と市場動向|地政学リスクの影響を読み解く

はじめに
国際情勢が緊迫すると、株式市場はどのように反応するのでしょうか。2026年2月現在、米国とイランの緊張が高まる中、多くの投資家が市場の変動に不安を感じているかもしれません。
しかし、歴史を振り返ると、地政学的な危機が発生した際、市場は一定のパターンを示してきました。この記事では、過去のデータを検証しながら、「地政学リスク」が市場にどのような影響を与えるのかを分かりやすく解説します。感情的な判断を避け、冷静に市場を見つめるための知識を身につけていただければ幸いです。
ホルムズ海峡の戦略的重要性とは
世界のエネルギー供給を支える海峡
「ホルムズ海峡」という名前を聞いたことがあるでしょうか。この海峡は、ペルシャ湾とオマーン湾を結ぶ、幅わずか約34キロメートルの狭い水路です。しかし、この小さな海峡が、世界のエネルギー供給において極めて重要な役割を果たしています。
米国エネルギー情報局(EIA)のデータによれば、ホルムズ海峡を通過する石油は、世界の海上石油輸送量の約21%を占めています。1日あたりにすると、約2,000万バレルという膨大な量です。サウジアラビア、アラブ首長国連邦(UAE)、クウェート、イラク、カタールといった主要な産油国からの石油やLNG(液化天然ガス)が、この海峡を経由して世界中に運ばれているのです。
イランの生産能力と地域への影響
イラン自体も重要な産油国です。OPEC(石油輸出国機構)の推定によれば、イランは1日あたり約320万バレルの石油を生産しています。もしホルムズ海峡で何らかの混乱が発生すれば、イランだけでなく、周辺国からの供給にも大きな影響が及びます。
仮にホルムズ海峡が封鎖されたり、通航が困難になったりすると、以下のような影響が考えられます。
- 石油価格の急騰: 供給への懸念だけで、価格が10〜15%上昇する可能性があります
- 代替ルートのコスト増: アフリカ大陸を迂回するルートを使う場合、輸送日数が15〜20日も増加してしまいます
- 世界的なインフレ圧力: エネルギー価格の上昇が、製造業や物流業のコストを押し上げ、最終的に消費者物価にも影響します
こうした背景を理解すると、なぜ中東地域の緊張が世界中の市場に影響を与えるのかが見えてきます。
過去の紛争時に市場はどう動いたのか
湾岸戦争(1990〜1991年)から学ぶ教訓
歴史を振り返ることは、未来を予測するヒントになります。1990年8月、イラクがクウェートに侵攻した際、市場は大きく動揺しました。S&P500指数(米国の代表的な株価指数)は、約17%も下落したのです。
しかし、興味深いのはその後です。1991年1月に実際の戦闘が始まると、市場は急速に回復しました。そして1991年通年では、S&P500は+26.3%という驚異的なリターンを記録したのです。
このデータが示すのは、 不確実性が最も高い時期に市場は最も下落し、状況が明確になると回復する という傾向です。初期の恐怖による売りは、結果的に大きな機会損失につながった可能性があります。
イラク戦争(2003年)の市場反応
2003年3月19日、イラク戦争が開始されました。この時も市場は緊張しましたが、開戦後3ヶ月で、S&P500は約14.6%上昇しました。
ここでも重要なポイントがあります。市場は「戦争が起こるかどうか」という不確実性を嫌います。しかし、実際に開戦すると、「不確実性の解消」として受け止められることがあるのです。もちろん、これは戦争を肯定するものではなく、市場心理の特性を示すデータとして理解すべきです。
ロシア・ウクライナ戦争(2022年〜)の複雑な影響
2022年2月24日、ロシアがウクライナに侵攻しました。最初の10日間で、S&P500は約8.3%下落しました。しかし、3月末までには完全に回復し、年初比でプラスに転じたのです。
ただし、この事例は他の紛争と異なる点があります。2022年は最終的に-18.1%で終了しましたが、これは地政学リスクだけでなく、 インフレ懸念とFRB(米国連邦準備制度)の利上げという金融政策の影響 が重なったためです。
この事例から学べるのは、地政学リスクを評価する際、それ単体ではなく、金融政策や経済環境との相互作用を考慮する必要があるということです。
歴史的データが示すパターン
Bank of America Merrill Lynchの過去40年間の地政学イベント分析によれば、以下のようなパターンが見られます。
- 初期の下落から、平均30〜45日で損失の50〜70%を回復
- 完全回復には平均3〜6ヶ月かかる
- 12ヶ月後には、多くのケースでプラスのリターンを記録
もちろん、「過去のパターンが必ず繰り返される」という保証はありません。しかし、歴史的な傾向を知ることは、冷静な判断を下すための重要な材料となります。
地政学リスク発生時の市場の3つの段階
第1段階:ショック期(1〜14日間)
地政学的な危機が発生すると、市場は最初に強い衝撃を受けます。この段階には以下のような特徴があります。
- VIX(恐怖指数)の急騰: VIXは市場の不安度を示す指標で、通常は20未満ですが、危機時には30以上に跳ね上がります
- 株価の下落: S&P500は平均5〜7%下落する傾向があります
- セクターの明暗: 防衛関連株、金、石油などが上昇する一方、成長株(テクノロジーやバイオテックなど)が大きく売られます
この時期、多くの個人投資家は不安に駆られます。しかし、興味深いことに、大手の機関投資家(年金基金や投資銀行など)は、この段階で慌てて売ることはありません。むしろ、次の行動に向けた準備を始めるのです。
具体的には、ポートフォリオ(保有資産の組み合わせ)の見直し、市場のボラティリティ(変動の大きさ)を利用した戦略の検討などを行います。
第2段階:再評価期(2〜8週間)
最初のショックが落ち着くと、市場は「新しい現実」を受け入れ始めます。この段階の特徴は以下の通りです。
- 価格の安定化: 石油価格などは高水準を維持しつつも、急激な変動は収まります
- 政策反応の予測: 中央銀行(日本なら日本銀行、米国ならFRB)がどのような政策を取るかを、市場参加者が予測し始めます
- セクターローテーション: 資金が、初期に売られたセクターから防衛関連やエネルギーへ、あるいはその逆へと移動します
この時期こそ、プロの投資家が本格的に行動を起こす時期です。彼らは短期的な価格変動ではなく、中長期的な視点で資産を組み替えていきます。
第3段階:適応期(3〜12ヶ月)
危機発生から数ヶ月が経過すると、市場は「新常態」を受け入れます。この段階では以下のような変化が見られます。
- ボラティリティの収束: 価格変動が落ち着き、通常の状態に近づきます
- ファンダメンタルズ重視: 企業の業績や経済指標など、本質的な要素が再び重視されるようになります
- 長期トレンドへの回帰: 地政学リスクが「日常の一部」として織り込まれ、他の要因(技術革新、金融政策、経済成長など)が市場を動かす主要因に戻ります
過去のデータを見ると、12ヶ月後には多くのケースでプラスのリターンを記録しています。ただし、これはあくまで過去のパターンであり、インフレや金融政策の影響を十分に考慮する必要があります。
地政学リスクと投資の関係を理解する
エネルギーセクターの動きを読み解く
地政学リスクが高まると、最も影響を受けやすいのがエネルギーセクターです。中東での緊張が高まれば、石油や天然ガスの価格は上昇する傾向があります。
エネルギー関連の銘柄は、大きく2つに分けられます。
石油生産企業: これらは原油価格の変動に直接影響を受けます。価格が上がれば利益が増えますが、過去のデータを見ると、6ヶ月後には石油価格が下落する傾向があることも知られています。
エネルギーインフラ企業: パイプラインやLNG輸出ターミナルを運営する企業です。これらは原油価格の変動に対して相対的に安定しており、長期的な収益が見込めることが多いです。Enterprise Products PartnersやKinder Morganといった企業が代表例で、配当利回りが7%を超えることもあります。
防衛産業の特性とは
地政学リスクが高まると、防衛関連株も注目を集めます。Lockheed Martin、Northrop Grumman、RTXといった企業は、戦闘機、ミサイルシステム、サイバーセキュリティなどの分野で事業を展開しています。
これらの企業の特徴は、 政府との長期契約 です。受注残(バックログ)が2,000〜3,000億ドルに達することもあり、収益の予測可能性が高いとされています。また、利益率も安定しており(8〜12%程度)、配当を安定して支払う企業が多いです。
最近では、AIと防衛の融合も進んでいます。Palantirのような企業は、AIベースの意思決定支援システムやドローン制御技術を提供しており、伝統的な防衛企業とは異なる成長ドライバーを持っています。
貴金属がインフレヘッジとして機能する理由
地政学的な危機が発生すると、「安全資産」として金が買われる傾向があります。Bank of Americaのリサーチによれば、地政学ショック後6ヶ月で、金価格は平均15〜20%上昇するというデータがあります。
金が選ばれる理由は、以下の通りです。
- インフレヘッジ: エネルギー価格上昇によるインフレから資産価値を守る手段として機能します
- 通貨価値の不安定性: 紛争により特定国の通貨が不安定になった際、金は世界共通の価値を持ちます
- ポートフォリオの分散: 株式市場が下落する際、金は逆に上昇することが多く、リスク分散になります
金への投資手段には、金ETF(上場投資信託)、金鉱株、現物の金などがあります。それぞれに特徴があり、流動性や保管コスト、レバレッジ効果などが異なります。
また、 金銀比率 という指標も重要です。これは金価格を銀価格で割った比率で、歴史的平均は1:60〜70です。この比率が1:80以上になると、銀が割安である可能性を示唆します。銀は産業需要(太陽光パネル、電気自動車など)も高いため、金とは異なる要因で価格が動くことがあります。
影響を受けやすいセクターも知っておく
地政学リスクが高まると、良い影響を受けるセクターがある一方、パフォーマンスが悪化しやすいセクターもあります。
公益事業(電力・ガス会社など): これらの企業は安定配当が魅力ですが、金利上昇に敏感です。地政学リスクによるインフレ懸念から金利が上昇すると、実質的なリターンが低下し、過去の紛争時には平均5〜8%下落しています。
不動産投資信託(REITs): 不動産関連も金利上昇の影響を受けやすいです。資金調達コストが上がり、バリュエーション(企業価値評価)が低下する傾向があります。ただし、データセンターREITsなど、AI需要に支えられるセクターは例外的に堅調なこともあります。
高バリュエーションのテクノロジー株: 特に利益を出していない成長株は、金利上昇により将来キャッシュフローの現在価値が低下し、売られやすくなります。ナスダック市場の中でも、銘柄の選別が重要になります。
個人投資家が陥りやすい失敗パターン
パニック売りとタイミングの罠
地政学リスクが発生した際、多くの個人投資家が陥る典型的な失敗パターンがあります。それは「高値で買い、安値で売る」という行動です。
例えば、防衛関連株がすでに30%上昇した後に慌てて買い、その後の調整局面で損失を被るケースがあります。逆に、市場全体が7%下落した時点でパニックに陥って売却し、その後の回復局面での利益を逃してしまうこともよくあります。
歴史的データが示すように、初期の下落は一時的であることが多いです。感情的な判断ではなく、冷静に状況を見極めることが重要です。
24時間ニュースに振り回される危険性
現代は情報があふれています。スマートフォンを開けば、24時間体制で最新ニュースが流れてきます。しかし、これが投資判断において逆効果になることがあります。
常にニュースを追い続けると、短期的な変動に過剰反応してしまいます。専門家の中には「地政学リスクが高まった時こそ、ニュースを見る頻度を減らすべき」と助言する人もいます。1日1回、決まった時間に情報をチェックするだけで十分というわけです。
これは、感情に流されず、冷静な判断を保つための実践的な方法です。
過剰な集中投資のリスク
「この紛争で特定のセクターが絶対に上がる」という確信を持ち、全財産を一つのセクターに集中させる行動も危険です。
どんなに確実に見えるシナリオでも、予想外の展開は常に起こり得ます。政府の契約内容の変更、政治的な方針転換、予想外の利下げなど、様々な要因が市場を動かします。
分散投資の原則は、こうした予測不可能性に対する最も基本的な防御策です。
VIX(恐怖指数)を理解する
VIXは「ボラティリティ・インデックス」の略で、市場の不安度を数値化した指標です。以下のような目安があります。
- VIX < 20: 市場は比較的安定しています
- VIX > 20: 警戒モードに入っています
- VIX > 30: パニックモードであり、過去のデータでは、この水準が長期的な買い機会となることがありました
VIXを定期的にチェックすることで、市場全体の心理状態を客観的に把握できます。ただし、VIXが高いからといって即座に行動するのではなく、あくまで参考指標の一つとして活用することが大切です。
まとめ:冷静さが最大の武器
米国とイランの緊張、あるいは他の地政学的リスクは、確かに市場に短期的な混乱をもたらします。株価が下落し、不安が広がる時期もあるでしょう。
しかし、歴史的なデータが一貫して示しているのは、 初期の恐怖による感情的な判断が、最も大きな損失につながる ということです。逆に、冷静に状況を分析し、長期的な視点を持つことが、結果的に良い結果をもたらすことが多いのです。
以下のポイントを心に留めておくと良いでしょう。
- 歴史的パターンを知る: 過去の紛争時、市場は初期に下落しても、数ヶ月〜1年で回復する傾向がありました
- 3つの段階を理解する: ショック期、再評価期、適応期という市場サイクルを理解することで、冷静な判断ができます
- ニュースとの距離を保つ: 24時間ニュースを追い続けるのではなく、1日1回の確認で十分です
- 分散の重要性: 一つのシナリオに賭けるのではなく、様々な可能性を考慮した資産配分を心がけましょう
- VIXなどの指標を活用: 市場の不安度を客観的に把握するツールを使いましょう
2026年の状況は、過去とは異なる要素(AI技術の台頭、脱炭素トレンド、米中関係など)も含んでいます。そのため、過去のパターンを盲目的に踏襲するのではなく、 現在の状況に適応した柔軟な思考 が求められます。
地政学リスクは避けられないものです。しかし、正しい知識と冷静な判断力があれば、過度に恐れる必要はありません。この記事が、皆さまの理解を深める一助となれば幸いです。
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